Shout and Scream

 その軍医は非常な甘い物好きで、始終胃をわるくして居た。所謂医者の不養生であつた。ふねが港にはいると、取りあへず其処の名物の菓子を買つて来た。さうしてそれを眺め、それを味ひ、それから一々丁寧にそれを写生した。絵の巧い人で、絵の具をさして実物大に写生した。それだけの写生帖があつて、時と所と菓子の名前と、さうして目方と価とが記された。永年のことで、菓子の種類は夥しい数に上つた。静かな航海中、用の無い時は独りその写生帳を取り出し、その美しい色や形を眺め、その味ひを思ひ出して楽しんだ。
 私は少年の頃、この話を聞いて面白いと思つた。目方を記したところに、科学に関する仕事をして居る人らしいところがあると思つた。私も菓子が好きで、何時からか妙な事を始めて居た。折や箱に貼つてある菓子の名を記した小紙片、謂はば菓子の名札であるところの物、美しい絵や模様を描いた包み紙、箱の中に添へてある絵画詩歌などを書いた小箋。何でも集めるのではなくて、自分の好みに合ひ、佳いと思つたものだけを取つて置くのであつた。

 秋も漸く深い夜を、東山の影は黒々と眠って居たが、恵比須講の灯に明るい四条通り、殊に新京極の細い小路にはいる辺りは、通り切れぬほどの人出であった。四条大橋を渡って華やかな祇園の通りは、暢ん気に歩いて居れば何時通っても楽しいところである。八つ橋、豆板、京洛飴、或はかま風呂、おけら餅、土地の名物を売る店に交って、重々しい古代裂を売る家や、矢立、水滴、鍔、竿など小さな物を硝子棚一杯に列べた骨董屋などが並んで居る。そういう中に、古い由緒をもった原了廓の祇園名物香煎の店の交って居るのは京なればこそである。久しい以前、やはり秋に来た折のこと、この店に枯木のようなお婆さんが袖無し羽織を着て、蹲るように坐って居たが、今はもう其の人の姿も見られない。正面の石段を上って祇園の社へはいる。

 五月の日に光るかなめの若葉、柿の若葉。読我書屋の狭い庭から、段々遠い林に眼をやって、更にあたりの景色に憧れ、ふら/\家を出るのもこの頃である。明るい日は照りながら、どこか大気の中にしっとりとした物があって、梅雨近い空を思わせる。どこかで頓狂に畳を叩く音のするのは、近く来る大掃除の心構えをして居るのであろう。荒物屋、煎餅屋、煙草屋、建具屋、そういう店に交って、出窓に万年青を置いたしもた屋の、古風な潜りのある格子戸には、「焼きつぎ」という古い看板を掛けた家がある。そんな町の中に、珍しい商売の樒問屋があったりして、この山の手の高台の背を走る、狭い町筋の左右に、寺の多いことを語って居る。その町にある狭い横丁、それは急な下り坂になって、小家がちの谷の向うが、又上り坂で、その先は若葉で隠れて居るようなところもある。

 
 
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